家族

幼い頃の経験の大切さ。家族移住し子どもをオーストラリアの小学校に通わせた4つの理由


こんな人に読んでもらいたい

✅子供を海外で教育を受けさせることに興味がある人
✅興味があるけど踏ん切りがつかない人
✅実際海外に家族留学した人の体験談を聞きたい人

我が家は2015年12月から2017年1月までの1年2ヶ月オーストラリアのゴールドコーストに住んでいました。

滞在中、上の子を公立小学校に、下の子を幼稚園に通わせました。

上の子は小学校1年生の1つ下の学年に(オーストラリア義務教育は日本より1年早く始まります)、下の子は幼稚園の年少の1つ下のクラスでした。

また、帰国し沖縄に移住した半年後の2017年の夏休みにも2ヶ月間、二人は同じ小学校(1年生)と幼稚園(年少)に通いました。

ちなみに、二人とも日本で英語の勉強経験は全くありませんでした。

僕は海外十数カ国の旅行経験はありますが、夫婦とも英会話力は中学生レベルです。

当時の家族構成と滞在時の情報
滞在期間 2015年12月5日~2017年1月末 (1年2ヶ月)
滞在場所 ゴールドコースト(オーストラリアクイーンズランド州)
家族構成 夫婦、5歳、2歳
留学先 公立小学校のプレップ(1年生の1学年下)
幼稚園:年少の1つ下のクラス
住まい 最初の2ヶ月:現地夏休みの間、日本に帰国した方の家を借りる
次の2ヶ月:ホームステイ(日豪ファミリー)
5ヶ月目以降:賃貸(6ヶ月以上なら通常の賃貸契約が可能)
ビザ 観光ビザ(ETAS)で入国、2ヶ月後学生ビザに現地で切り替え

そんな我が家が無謀にも日本語が通じない海外で1年以上暮らし、子どもたちを現地の学校に通わせようと思ったのには強い信念と理由があります。

また、子どもたちが小学校に入るちょっと前に通わせたのにも理由があります。

その理由も含め、できるだけ細かく書いていきたいと思っています。

途中、話が脱線しますが、子供を海外で教育を受けさせることに関心がある人子供を留学させたいけど踏ん切りがつかない人に少しでも参考になれば嬉しいです。

目次

子供をオーストラリアの学校と幼稚園に通わせた理由1.外国人アレルギーがない子に育ってほしいから

外国人アレルギー


妻は新婚旅行が初めての海外旅行なので、僕以上に外国慣れしてませんが、結構メンタルが強いので、必要があれば外国人でも日本語を駆使して(?)コミュニケーションを取っています。

自分が外国人アレルギーがあることがコンプレックスだった

外国人アレルギー


しかし、僕は「通じなかったらどうしよう?」「この言い方でいいのだろうか?」と話す前から色々考えてしまって口が動かなくなるタイプです。

また、いざ会話が必要な場面になったとしても、すごく考えてしまって全身に力が入ってしまいます。

誰かと面と向かってしまうと、すごく身構えてしまう「外国人アレルギー」「白人アレルギー」の方は結構いるかと思います。

会話が終わった後はすごく疲れて心身ともにぐったりしますよね。

(ゴールドコーストはその点、ユニクロにダイソー、日本人経営のスーパーや魚屋があり、日本人の通訳や看護婦さんが常勤している病院もあるし、車の売買やオイル交換でも日本人経営の修理工場に車を持っていけばいいので、ほぼ日本語を使わず生活ができます)

自分の子供たちを、僕のように「外国人アレルギー」「白人アレルギー」を持ってもらいたくなかったというのが大きな理由の1つです。

外国人アレルギーを持たいない子になるためには、周りに外国人の友だちがいるのが当たり前の環境に放り込む

外国人と友達を作る


そういうアレルギーをない子になるためには

小さな頃に、毎日周りにいろんな人種の子がいるのが当たり前の環境で過ごし、日本人以外の友だちを作り、その友達と毎日遊ぶという経験

を作ってあげたらいいと考えました。

小さい頃に、「毎日一緒に遊ぶ外国人の友だちが何人もいた」という経験が、将来の「人種を気にせずコミュニケーションが取れる能力」という財産になるのではないかと考えました。

英語は大人になってからでも身に付く。でも、身に付いた外国人アレルギーをなくすのは大変で、大人になってからの英語学習の妨げにもなる

外国人アレルギーの克服の難しさ


ですので、僕は子どもたちがオーストラリアの学校に通った結果、英語が全く身につかなくてもいいと思っていました。(フォニックスもやってくれましたから、バリバリ身につきましたが)

また、授業の内容も全くわからなくてもいいと思ってました(低学年だからですが)

英語の習得は後からでもできますが、「外国人アレルギー」があれば英語を習得しようとしても、英語でのコミュニケーション力はなかなか伸びないと思います。

アレルギーがなく、とにかく話してみようという気持ちを持ってる人と、僕みたいに話す前に「何をどう話そう」「通じなかったらどうしよう」などとネガティブシミュレーションばかりしている人とではまったく英語力の成長のスピード違うと思います。

もともと持っている性格の影響も大きいとは思いますが、そんな自分のコンプレックスのこともあり、外国人アレルギーがない子になってもらえたらという想いが僕には強いです。

幼い頃に身につけるには英語力じゃなく、何人か区別なく、そんなの気にせず話せるメンタル

オーストラリアの友達


なので、英語は後からでも身に付けられるという考えを前提にして、将来日本以外で生きていくかもしれない子どもたちが幼い頃に身につける必要な能力は、

英語力じゃなくて、日本人、外国人の区別なく、そんなの気にせず誰とでも同じように話せるメンタル

だと考えました。

そのためには、いろんな人種、いろんな文化や習慣を持っている子どもたちと毎日のように一緒に過ごすことが一番効率的だと考えました。

ありがたいことに、オーストラリアは移民の国です。

オーストラリアの友達

上の子が通った小学校も、中華系、黒人、白人、日本人と見た目だけでもいろんな子どもたちがクラスに居るのが分かりました。

オーストラリアの小学校


入学当初5歳だった上の子は、日本にいたとしても、体を動かして一緒に遊んでみんなと仲良くなる年頃ですから、言葉が通じなくても全く問題なく、遊ぶことですぐにクラスメイトと仲良くなりました。

英語に関しても、遊びなからいろんな表現を耳にしたり、仲良くなった友達がいろいろ教えてくれたみたいで7ヶ月目頃に突然家でも英語をしゃべるようになりました。

7ヶ月経っても英語はまだ分かっていないのかなと思っていた子が、ある日突然喋りだしたので夫婦でかなり驚いたのを憶えています。

子供をオーストラリアの学校と幼稚園に通わせた理由2.日本の公教育を受けさせたくなかったから

小さい頃から学校に通うのが嫌いだった自分

学校が嫌い

僕は高校を3ヶ月で中退する前の中学校の時から、まともに学校に行かず友達の家やゲーセンで遊んでいたりと、とにかく学校が嫌いでサボってばかりでした。

なぜ嫌いだったのかと聞かれても、その時の僕はまともな返事はできていなかったと思いますが、今の自分の性格を考えながら振り返ると、いくつも理由が浮かんでくるのですが、みんなと同じことをするのが好きじゃなかったのも理由の1つなんだと思います。

なぜ、みんながやってるからという理由だけで、やらないといけないのか分からなかったし、誰かの靴が隠されてたときに犯人が名乗り出るまで、みんな怒られ反省させ続けられるのも、自分も疑われているのかと思いながらムカついていたし、部活をどれか1つ必ず入るように言われたのも納得できませんでした。

迷惑をかける事に対して他人にも厳しい日本

子育てが難しい日本

ベビーカーをバスに乗せるなとか、車内で泣いている子がいると皆からの冷たい視線で親がめちゃくちゃ居心地が悪くなったりと、今日本では子供を育てにくいと言われています。

これも、「みんなに迷惑を掛けるな」と小さい頃から言われ続けた弊害ではないでしょうか。

震災の時、コンビニなどへの強奪もなく、給水などでもきちんと並ぶ日本人の姿に世界で驚きと称賛の声があがったように、日本人の道徳心は高いものがあると思います。

しかし、「みんなと同じ、皆と同じことをすべき」と教えられてきた僕たちは、ルールを守りみんな人に迷惑をかけずに生きていくことができる一方、人に迷惑をかけないということを人にも強要する人も増えてしまいました。

自分もきっちりするけど、人に対してもその基準を求める「自分に厳しく、人に厳しい」社会であることが目立ち始めているのではないでしょうか。

人間って誰でも迷惑をかけながら生きてるはずなのに

できるだけ迷惑をかけず生きていけたらそれが一番いいのかもしれませんが、生まれてきた限りは、誰だって多少の迷惑を掛けながら生きていると思います。

「自分はもちろんのこと、他の人がみんなに迷惑を掛けるのにダメ出しする社会」と、「誰だって皆に迷惑をかけているんだから、お互い様でいいんじゃない?」という社会とでは、どちらが生きやすい社会でしょうか?

人に厳しい、相互監視社会とも言える社会では、回り回って自分の首を締めることになりますので、僕は後者の「お互い様」に社会の方が生きやすく、人間らしく生きていけると思っています。

1歳から子供を連れて海外旅行してたけど、どの国も子供を大切にしてくれた

子供を大切にしてくれる海外


我が家は、子供を1歳の頃から海外旅行で何カ国か連れて行きました。

オーストラリアでも東南アジアでも中国でも小さい子供がいるだけで、いい意味で特別扱いしてくれた経験しかありません。

邪魔者扱いなんて一度も感じたことはありません。

上海かシンガポールかどちらか忘れてしまったのですが、1歳の子供を抱いて地下鉄に乗った瞬間、「席譲り選手権の上海(シンガポール)代表決定戦」が開かれているかのように、ほぼ全員が立ち上がり、席を譲ろうとしてくれました。

タイでは、ショッピングセンターですれ違う人の多くが、僕らの子供を見てはすごい笑顔で手を振ってくれたり、店内に入ったら「私が子供をあやすからゆっくり見てね」みたいな感じで接客してくれるなんてこともありました。

しかし、日本では僕らはバスや電車に乗る機会がなかったからかもしれませんが、僕自身、ニュースで聞くような「子育てに厳しい状況」を日本でも感じる機会はほとんどありませんでした。

子供が泣いた時、人の目が気になるというのも自分の気持ちがそうさせている可能性も高いです。迷惑をかけたらいけないと自分が思い込みすぎていてそういう風に見られているような気がするという場合もありますから。

それでも、日本は子育てがしにくいと感じさせるニュースを目にするのはいい気分ではありませんね。

「みんな一緒じゃない」「人と違って当たり前でそれで良い。それがあなたらしさだから」という感覚を持ってもらいたい

人と違って当たり前


僕が義務教育も、高校もまともに行かなかったことに加え、公教育自体にかなりの拒絶反応があるので、可能であればそういう教育を我が子には受けさせたくないと考えていました。

「みんながみんな一緒じゃない」「人と違って当たり前で、それで良い。それがあなたらしさ」と考える人が周りにいる環境で育ってほしいと思っていました。

授業を受けていないのでオーストラリアの学校の正確な評価はできないんですけど、オーストラリアに住んでみて僕らの選択は間違っていなかったと感じています。

オーストラリアでは人と違う人だらけだし、他人にそこまで関心がないように思えた

人と違って当たり前。それが個性


ゴールドコーストでは、平日の公園でもパパの姿を見かけます。

僕らがゴールドコーストに着いたのが月曜日で、すぐに公園に行ったんですけど、公園パパだらけで、みんな美容師かなと思いながら、次の日も公園に行ったらまたパパがたくさん。

ゴールドコーストは男性の美容師だらけなのかと思いました。

というのは半分事実で、半分冗談ですが、しばらく住んで分かったことがありました。

育休取ってるのか、仕事していないのか、自営業で仕事があまりないのか、仕事をセーブしているのかわかりませんが、パパ業に力を注いでいるひとが日本より多いだけじゃなく、平日の昼間に街をブラブラしている男性が結構多いんです。

平日の昼間、向かいの家のベランダで30代くらいの男の人二人が、休日のようにのんびりしながら喋っている姿をよく見かけました。

人目や世間体なんて気にしていないので、平日の昼間にベランダで友達とワイワイしているし、それを見て他の人もなんとも思わない(そこまで他人に関心がない。大きなお世話を焼く人が少ない)

めちゃくちゃ最高じゃないですか。

日本の田舎だと、平日の昼間家の近くを歩いていたら、すれ違った近所の人に「今日は仕事は?」って聞かれますから。

みんな平日の昼間は仕事をしているのが当たり前という考えがあるのか、余計なお世話だなと思いましたが、2日連続外を出歩くことは僕のメンタルではできませんでした(笑)

そんな感じで、僕は子供の代わりにオーストラリアの学校の授業を受けることができないのですが、暮らしながら触れた社会を見ると、オーストラリアで教育を受けさせる方が自分たちの理想に近いと感じました。

子供をオーストラリアの学校と幼稚園に通わせた理由3.しっかり自分の意見を言える人になってほしいから

子どもたちには、周りにどう思われようが気にしない心と自分の考えを言葉で伝えられる人になってほしいと思っています。

日本人は空気を読むのは得意だけど、自分の意見を言うことと質問することは苦手

自分の意見を言う力と質問力

日本人は空気を読むのは得意だけど、自分の意見を言うのは苦手。

という話しはよく聞きますよね。

僕はそれに加えて日本人は質問をするのも苦手だと感じます。

外国人は、周りを気にせずガンガン質問できる

むかしトルコを一人旅した時、カッパドキアというところで現地のツアーを申し込みました。

現地ツアーなので、ガイドの説明は当然英語。

カッパドキアは移動が大変なのでツアーに申し込むのがベストだと考えたのですが、もちろんガイドの説明は英語なので全くわかりません(雑談の時の下ネタのときだけ何とか参加できたくらいですw)

見どころを説明し終わるたびに、質問はないかとガイドが聞くんですけど、そのときに他の旅行者の質問の多さにビックリしました。

ガイドの説明より、質問の時間の方がはるかに長かったです。

日本人だけのツアーなら98%の確率で質問なしで終わるんじゃないでしょうか?

日本人が自分の意見や質問をできないのは幼い頃からのしつけと公教育の影響

幼い頃に着いた習慣は改めにくいですよね。「雀百まで踊り忘れず」というように、これも教育の影響が大きいと思います。

●先生の授業を聞くだけで、生徒がしゃべるとしたら先生が質問したときだけで質問する機会が少ない授業

●なぜそうなるかと考える機会が少ない授業

●皆の前で自分の意見や考えをいう機会が少ない授業

●皆に迷惑をかけるなと言われて育つ

●皆と違うことが当たり前で、むしろ個性として褒められるという環境とは正反対の教育環境

が重なって、「自分の質問が間違っていたり、変なことを言っていたりしたらどうしよう」と考えたり、「自分が質問することでみんなをまたすことになるから、あとで質問しよう」と考えてしまう人が日本人には多いと思います。

でも、トルコのツアーのときのように、日本人以外の人はそんなことお構いなしと考えている人が多いと思われます。

疑問に思ったことはしっかり質問しますし、他の人が待っていることなどもそんなに考えていないでしょう?

また他の人達もよほどのことがない限り、待たされているなんて思わないのではないかと感じました。

話しをオーストラリアの小学校に戻します。

上の子は一年生の1つ下の学年である「プレップ(ゴールドコーストがあるクイーンズランド州の呼び方)」に通っていたので、オーストラリアでは義務教育が日本より1年早いですが、日本ならまだ年長です。

オーストラリアでは年長の頃から「Show&Tell(ショー・アンド・テル)」で主張と質問の練習をする

show&tell


その年長であるプレップでも、「show&tell(ショー・アンド・テル)」という時間がを設けられていました。

「shou&tell」は授業が終わる15時前の最後にやっていました。

教室前まで迎えに行く僕は毎日その様子を見ることができ「show&tell」とは何なのかを知ることができました。

「show&tell」とは、誰か一人が皆の前に立って、自分が持ってきたアイテムを、これは何か?どういったものかを説明します。

例えば「この人形は私が4歳のときに家族でケアンズに旅行に行ったときにママが買ってくれたの?すごく気にいいっていて、毎晩一緒に寝てるの」と言った具合です。

まさに「show(見せて)」「tell(みんなに言う)」ということですね。

そして、一通り説明が終わったら、次はその説明を聞いたクラスメイトが手を上げて質問をします。

質問を受けたら「show&tell」した子が質問を答えます。

この一連の流れを年長の頃から繰り返しやります。

●皆の前に立ってで説明すること

●人の話を聞いて質問すること

●質問に正解、不正解はないこと。自分の感じた疑問を質問にするだけのこと

●質問に答えること

これらのことを毎日訓練します。

show&tell


年長であるプレップの子たちは、もちろんそこまできちんと説明や質問はできないとは思いますが、これくらいの年齢から毎日行うのと全く行わないのとでは、全然違う子に育つだろうなと思います。

「show&tell」で使うアイテムは普段は何を持っていっても良いのですが、イベント時や休み明けには「冬休みの家族の思い出の品」を持ってきてと指定があったりして面白かったです。

「show&tell」は今すぐにでも日本の教育に取り入れてほしいと本気で思っています。

ちなみに、僕の上の子ですが、プレップの学年が終わる(4学期制の4学期の)最後の方で、日本人のお友達に横に立ってもらいながら、ようやく「show&tell」をする側に立てました。

ほとんど口にできず棒立ちでしたが、その姿を見たときは、すごく感動しました。

半分泣きながら教室の外からスマホで動画を撮ったのを憶えています。

子供の大きな成長を見るだけで本当に大きな親孝行をしてもらってるなと思いますね。これを書きながらも思い出して涙が出そうになります。

子供をオーストラリアの学校と幼稚園に通わせた理由4.僕がオーストラリアに住みたいと思っていたから

シドニーに一目惚れした大学時代

シドニー1 シドニー2


ここまで長々と「家族移住し子どもをオーストラリアの小学校に通わせた」理由を3つも並べましたが、そんなの全部建前で、もしかしたら、僕がオーストラリアに住みたいと思っていたのが一番大きな理由だったかもしれません(否定はできない。笑)

大学生の時に一人旅でシドニーの降り立って、オペラハウスとハーバーブリッジがあるサーキュラーキーに着いた時、全身鳥肌が立ったのを今でも憶えています。

こんな綺麗なところがあるのか!(ハエが多かったけど)

完全に一目惚れでした。

余談ですが、それ以来ヨーロッパに行ってみたいという気持ちを封印しました。

ヨーロッパへ行くと、シドニーより素敵な街に出会ってしまうと思ったからです。

もし、シドニーより素敵な街に出会ってしまうと、自分の中で大好きなシドニーがナンバーワンで無くなってしまうのが怖かったんです。

よくわからない説明ですよね。浮気相手を好きになってしまうから浮気をしないみたいな、付き合ってる彼女が聞くと怒ってきそうな消極的な理由です。

話がまたそれましたが、初めてシドニーに行って以来、毎年のようにシドニーには旅行で行きましたが、その度に、いつか絶対に住んでやるという思いが強くなっていきました。

いろんな理由でゴールドコーストになったけど、めっちゃ結果オーライ。子連れにはすごくおすすめ

ゴールドコースト


ですので、今回もゴールドコーストではなく、もともとはシドニーに行くつもりでいたのですが、滞在先の確保の難しさや、ゴールドコーストとシドニーでは別の国かと思うくらいの物価の差があったりで迷っているところ、素敵な物件を見つけたのでゴールドコーストに目的地が変更になりました。

結果的には、子連れの僕たちにはゴールドコーストが大正解でした。シドニーにしなくてよかったと思っています。

また、住んでいる日本人の数はシドニーの方が多いですが、日本人比率はゴールドコーストがオーストラリアで一番高かったみたいで、公園でもイベントでもたくさんの日本人の方と出会う機会がありました。

おかげで、同じ子育て世代のパパママとたくさん友だちになりました。

そして、多くの人にめっちゃ親切にしてもらいました。そういう最高の出会いがあったこともあり、本当にゴールドコーストでよかったなと思っています。ゴールドコースト


上の子どもが5歳の時に学校にオーストラリアの学校に通わせた。なぜそれがベストのタイミングだったと考えたか

なぜ、幼いこの時期がベストだと思ったかと言うと理由は1つです。

幼い子供は、遊びを通じてなら誰であってもすぐに仲良くなるから

小さい頃から子供を外に遊びに連れて行っていたので、それはよく分かっています。

初めの方でも書きましたが、5歳のころは日本人同士であっても、とにかく体を動かして遊びながら誰であっても友達になることが多い歳です。

1歳から4歳の時、海外旅行に行ってもホテルで同じくらいの年の子を見かけたら、白人でも黒人でもアジア人でも誰でも、走るスペースさえあればすぐに一緒に遊び、一瞬で仲良くなっていました。

そこに言葉は必要ないんですよね(羨ましいです)

だから今回学校に放り込んでも、言葉が通じなくてもすぐに仲良くなるだろうと考えていました。

これがもう2,3年遅く、小学校2年くらいになってしまったら一気に難しかしくなったと思います。

まあ性格にもよりますが、年齢を重ねるにつれ、徐々に恥ずかしさが増えていきますし、グループを作り始めるので誰とでも仲良く遊ぶという時期は終わります。

我が家みたいに、日本でまったく英語の勉強をしていない子供ならなおさら溶け込むのに大変だったかもしれません。

どんな理由であれ、子どもたちからすると、英語なんて全く聞いたことがなかった状態で、全く知らない異文化、異コミュニティーの中にいきなり放り込まれたという感覚があったかもしれません。

ただ、親である僕からしたら、繰り返しになりますが、英語が全くわからない子どもたちを放り込むなら幼いこの時期がベストで今を逃したら後悔するという思いがありました。

この狙いは見事的中して、すぐに友達を作り、学校の授業からよりも友達の会話から多くの英語を学んだんじゃないかと思っています。

クラスには日本人の子供もいたのですが、ベストフレンドはオージーの子だと言っていたので、それを聞いただけで本当に連れてきてよかったなと思いました。

最後に 帰国後子供の英語力はどうなったか

長々と書きましたが、親の若干の心配をよそに、子どもたちはあっさり新しい環境に溶け込んでくれました。

なので、当初の目的である「幼い頃にいろんな人種の子どもたちと友だちになり、毎日遊んで過ごす」という成果は手に入れられたと考えています。

ただ、英語力に関しては、日本に帰ってきても、英語の授業が半分程度ある私立の学校に通わせているので、それなりの英語の環境を作っていますが、スピーキングは落ちてきてると思います。

帰国直前は兄弟同士英語で話している時もありましたし、オーストラリアでは上の子は英語で独り言を言っていましたが、英語にかなり触れている環境を維持していても家で喋っている姿は見ることはできません。

帰国後、英語力がどうなるのか気になる方も多いと思うので、その点については触れました。

帰国後、授業の半分が英語の学校に通っていてもこういう状況なので、それより英語に触れる時間が短かったらすぐに英語は抜けてしまうだろうと思います。

ただ、僕らは英語力が落ちようが落ちまいが気にしていません。

先に書いた通り、いろんな人種、いろんな肌の色が違うこと毎日学校で一緒に遊んだ経験の方が将来の財産になると信じています。

今の時代、英会話はどこに住んでいても勉強することができますが、子供が外国人の友だちと毎日過ごすという経験をするには、親も気合いと覚悟を決めないとできません。

また、子供への期待というのは自分のコンプレックスを埋め合わせているという一面もあるので、僕の場合も、子どもたちには自分と同じ思いをさせたくないという想いが行き過ぎるている可能性もあります。

しかし、今しかできない経験、今しか感じられないことってたくさんあると思います。

同じ経験でも18歳で経験するのと、30歳で経験するのでは、感じ方もその後の人生にどう影響を与えるかも変わってきます。

移住した沖縄では、子どもたちには塾や習い事をさせていません。周りの友達は週5,週7で通わせている家庭も多いですが、僕らは特にそれらが必要だとは思っていません。

そのかわり、今後も子どもたちには、大人になっても「一年後自分がどの国のどの街に住み、何をするかを自分で決められる」人間になれるよう、いろんな世界を見せていきたいと考えています。

もし、短期でも長期でも子供を海外の学校に通わせたいと考えている方でご質問があったら、twitterで僕をフォローしメッセージを送って下さい。

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